HELLMEN

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第3話 三日目

「これは、まずいかもね……」
どうも、同じ日を繰り返しているようだ。しかも私だけ。
一晩経って(実際にはむしろ戻っているんだけど)、割と私は事態を冷静に考えれるようになった。旅館のおばちゃんに聞いてみたところ、今日が十日であることに何の疑問も感じてはいなかった。彼女の中ではいつもどおり時間が正常に流れているようだ。時間が戻っていることに気がついているのは私だけ。いや、私の意識だけが同じ日を繰り返しているのかも知れない。なんだかややこしい。
とはいえ、このままこのパターンが続けば、私は永遠に明日へ辿り着けないのかもしれない。そう想像すると背中に寒気を覚える。
「何か、対策を練らないと」
とはいっても、原因がわからないことにはいまいちいい対策も思い付かない。
同じ日を繰り返す。とすれば、どこかで時間が戻る瞬間があるはずだ。起きている間はそんな気配はないから、おそらく時間が戻ってしまうのは、私が寝ている間だろう。間というより、寝るという行為がスイッチになっているのかもしれない。
もしそうだとすれば、誰もが思い浮かぶのが“寝ないで翌朝を迎える”という作戦だけれど。
「……なんだかなあ」
それは何か対処療法な感じがする。徹夜を続けても、いつか寝てしまったとき、目覚めればまた十日に戻っているような気がするし……。
「いけないいけない、もっと前向きに考えないと」
最近の私は少しネガティブに物事を考えてしまうところがあった。まったく、昔の私はもっと元気だったと思うのに。
結局、大した対策も思い付かず、とりあえず私は外に出てみることにした。さっきの徹夜作戦を実行するにしても、夜までは特にすることはない。
それに、一日が繰り返すというなら、むしろ時間はたっぷりあるのだ。じっくりいろいろ考えてみればなんとかなるかもしれない。
「…………」
……たっぷりある、そう思ったとき、こんな危機的状況なのに、なんだか急に安堵を覚えたのは気のせいだろうか。
「ま、とにかく何か行動を……」
立ち上がりバッグを肩にかけ、いつもの癖で携帯電話を取る。そこではたと気が付く。
「そうだ、これを使えば……」
……使えば、何か出来るだろうか。警察とかはどうせ取り合ってくれないだろうし、他は、知り合いを呼んでこんなところまで助けに来てもらうとか?
「それに、映画とかだと大抵こういうときは……」
パカッと開いて画面を見れば、案の定そこには赤く圏外の文字。予想通りすぎて、ちょっとだけガッカリ。むしろ、今どきこの日本で携帯が使えない町があることのほうがびっくりだ。
「でも……そうだ」
誰かに相談するというのは、悪い考えじゃない。
困ったときは、他の人の知恵を借りるに限る。目指すは小学校、かつての恩師というやつだ。

    * * *

「そうですかそうですか! こーゆーのを待ってたんですよ!」
この時期は夏休みとはいえ、運よく先生は職員室にいた。考えてみれば、休み期間中に学校に行くという体験はこれが初めてかもしれない。授業とは違う、こういう事務的な仕事をする先生というのは新鮮だった。
「あの……」
人の真剣な悩みを、先生は嬉しそうに受け止めた。
「君、時をかける少女見たことないのかい」
「あー、あのアニメまだ見てないですねえ」
「ん? アニメなんてやってましたっけ? 私が言っているのは映画だよ、尾道三部作の」
「え……ああ」
あのアニメ、確か原作があるんだっけ。それのことか。
「いやー、原田知世がなまら可愛くてでしてね。自分初めてグラビア雑誌とか買っちゃったんですよ。なつかしいなあ。私をスキーに連れてって、とか」
「あの……先生」
「ああすいません、何の話でしたっけ。ああそう、ちょうどこんなシーンがあるんですよ。時をかける主人公が、科学教師に相談にいく。何しろ自分はこーゆーのにあこがれて科学を専攻してたんで」
「はあ、私そっちの原作映画は知らないんですけど……えっと、主人公はどうして時をかけることになるんですか?」
「ああ確か、何か薬品の匂いを嗅いだとかだったかな。確かラベンダーの。で、そういう力が身につくっていう」
「うーん、じゃあちょっと違うかなあ」
「嗅いでないんですか」
「もちろん。というか、まるで身に覚えがないんですよ。そういう薬とか、人為的なのとは違うんじゃないですかね。寝て起きたら前の日なんですもの」
「ん? タイムリープの瞬間は自覚がないんですか? ほら、映画でよくある、なんか周囲の景色が歪んだりとか。もしくはドラえもんのタイムトンネルみたいな」
「ないですねえ。どうも寝たらそうなるみたいです。もう寝るのが怖いですよ」
「寝るのが怖い……か」
「え?」
「それは、明日に行くのが怖い、と言い換えられますね」
科学の先生らしからぬ、なんだか国語の授業みたいな言葉に私は驚く。
「え、いや、ちゃんとした時間の流れでなら、そうかも知れませんけど……私の場合は“明日に行けないのが怖い”んであって」
「意外と、それは同じことかもしれないですよ」
「同じ……?」
遠くを見つめて、感慨深そうに先生は言った。
「そしてそれが、その現象の鍵なのかもしれない……」
それは、どういう……。
「ま、それは置いといて」
先生は視線を私に戻す。
「そうですね、科学的に考えるなら、同じ毎日、同じ現象の中で原因を見つけるとしたら、それは同じではないものを探す、ということです」
「同じでない?」
「例えば、今日ここに来たのは、今回が初めてでしょう? その繰り返す日々の中で」
「あ、はい、そうです」
「ということは、君の行動によっては、完全に同じ日が繰り返されているわけではないってことです」
「確かに、そうですけど」
「いろいろ試して、何かいつもとは違うもの、変わっているものを探すってのがいいんじゃないでしょうか」
「変わっているもの……」
「ええ、そこに原因があるんじゃないかと思う。そもそも時間ってのは物体の変化とイコールなんです。例えば分子運動が静止する絶対零度下においては――」
「あ、分かりましたっ! 変わるものですね。探してみます!」
「おや、もっと具体的な説明が必要では……」
「いえいえ、結構です! いろいろありがとうございました。んじゃ!」
なんだか難しい話になりそうだったので、早々に切り上げようと私は椅子から立ち上がる。物理や化学は昔から苦手だったし。
「そうですか。それでは花子君にもよろしく、お姉さん」
「……は?」
先生が言ったのは、私の名前。
「まあ、とても元気な妹さんですけど、夏カゼには気をつけるようにと」
「いや、花子は私ですって」
「ははは、これは面白いお姉さんだ。あの子が成長したらこんな感じでしょうかね」
……まさか先生、ボケちゃったんじゃ。どうも私を姉か何かと勘違いしてるようだ。
まあ訂正するのも面倒なので、私はそのまま職員室を後にした。

    * * *

学校を出れば、空はもう薄暗く、またあの祭囃子が聞こえてくる。
さすがにもう、祭りを楽しもうなんて気持ちにはなれなかったけど、それでもその音の鳴る方へ足を向けたのは、もしかしたらまたあの子に会えるかもしれないという期待だった。
なぜか、あの子には特別に懐かしさを覚える。
「どうしたの、お姉ちゃん」
そうして、やはりというか、案の定、私は人ごみの中で彼女に出会う。同じ日が繰り返されているのだから、当然といえば当然か。
「あ、うん。なんでもない」
「そう?」
「うん……あ、今度はあの射的やってみようか」
輪投げ、金魚すくいなどいろいろある中、私はそれを選んだ。射的は最初は苦手だったけど、子供のころにコツを教えてもらってからは大得意になった。
「あ〜、全然当たらないよお」
なっちゃんはふくれっ面をしている。よし、今度は私が教える番だ。
「いい? こうして構えて」
なっちゃんの体を押さえて、銃口を前に伸ばす。
「あの箱の、上の角を下から狙うんだよ」
「ん〜、こう?」
パンッ。コルク弾は的の箱を弾き飛ばし、棚から見事落下させた。
「やったあ! こうすればいいんだ! ありがとうお姉さん」
「どういたしまして」
コツを掴んだなっちゃんは、嬉しそうに次の的を狙う。一生懸命銃を構えるその姿は、私と違って全身でこのお祭りを楽しんでいるように見えた。
「ねえなっちゃん、お祭り楽しい?」
「うん。もちろん」
パンッ。今度の弾は的の上を通り過ぎていった。
「じゃあさ、もしお祭りがずっと終わらなかったら?」
私は、そんなことを聞いていた。
「え? そんなの最高じゃない。毎日遊んで、楽しんで。本当にそうなればいいと思うよ!」
そういって、次のコルク弾を込める。
「そう……だよね」
ん〜っと力を込めて引き金を引く彼女の無邪気さに、私はそう答えるしかなかった。

少女と別れて、宿へ向かう。なんだか分からないわだかまりの中、布団に入る。ずっと寝ないで起きているという作戦を実行する気にもなれずに、私は闇の中、また今日を迎える。